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気仙の地に健康で明るい暮らしを築くため活動しています。

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医師会関連ニュース < けせん医報

けせん医報

けせん医報143号(PDF)
『表紙の写真』
 写真は今年の大船渡港さんま水揚げの風景です。近年は不漁が続き年々水揚げ量が減少しているとのことですが、一所懸命働く漁師さんの姿をみていると、来年以降の豊漁を祈願しつつ、つい松岡修造のように応援したくなります。「諦めないを諦めるな!」
編集担当 鳥羽 有

けせん医報142号(PDF)
『表紙の写真』
 今年も7月1日に解禁した、気仙川でのアユ釣りの様子です。
県内の方も多いのでしょうが、こんなに沢山の方がこの地域に来てくれるならば、やっと復興が進んできたキャッセン大船渡/アバッセたかた/まち家世田米駅の辺りにも寄っていってもらえるといいですね。
編集担当 吉澤 徹

けせん医報141号(PDF)
『表紙の写真』
東日本大震災で倒壊した大船渡港湾口防波堤の復旧工事が、震災から6年を経て平成29年3月完了しました。数十年から百数十年に一度の津波として想定される明治三陸大津波級への対応を基準としているそうです。厳しい環境の中での工事だったと思いますが、全国から集まったたくさんの方々の努力のおかげで、小さな津波に対しても無防備であった状態が解消されたので、今後は安心して地域の復興を加速させていきたいものです。
編集担当 石倉 功一

けせん医報140号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真は県立大船渡病院のヘリポートから急患を運ぶドクターヘリが飛び立つところです。2013年9月に設置されたこのヘリポートより内陸の基幹病院への迅速な搬入が可能になりました。これにより患者の救命率の向上、気仙地区の医療拠点として益々機能強化が期待されます。(写真:村田プリントサービス提供)
編集担当 山浦 玄悟

けせん医報139号(PDF)
『表紙の写真』
県医師会野球大会の集合写真です。震災後初で6年振りの野球大会参加になりました。
震災後、「もう参加できないのでは?」と思っていましたので、こうやってまた参加すること出来て感無量です。
あまりに嬉しくて、優勝したわけでもないのに表紙の写真にしてしまいました。
参加していただいた先生方、協力していただいた方々、本当にありがとうございました。
編集担当 鳥羽 有

けせん医報138号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真は、私の妻が宮古市の浄土ヶ浜にて撮影したものを拝借しました。
相手が野生動物なので、これはかなり稀な一枚なのでは?
結構、目を引いて良いのでは?
という想いで採用させて頂きました。
編集担当 吉澤 徹

けせん医報137号(PDF)
『表紙の写真』
JR大船渡線気仙沼―盛(さかり)間(43・7キロ)の復旧は、JR東日本が提案したバス高速輸送システム(BRT)の継続が正式に決まりました。大船渡駅付近の道路のかさ上げが終了し、移転して営業開始したプラザホテルの横を悠々とバスが走ります。さらに大船渡線の旧線路より海側には、大船渡地区津波復興拠点整備事業として、スーパーマーケット、ホームセンター、全国チェーンのホテルが完成間近です。あと5年もすれば、新生大船渡の顔になるこの地区が立派に完成するものと期待されます。
編集担当 石倉 功一

けせん医報136号(PDF)
『表紙の写真』
1月17日より末崎町の「世界の椿館・碁石」で行われている三陸・大船渡つばきまつりの写真です。館内には世界13ヵ国、550種のつばきが展示されているそうです。つばきまつりは、3月21日まで開催されておりますので、診療で疲れたこころとからだを癒しに足を運ばれてみてはいかがでしょうか?
編集担当 山浦 玄悟

けせん医報135号(PDF)
『表紙の写真』
大船渡市日頃市町の五葉牧野に新設された「五葉山太陽光発電所」 初秋の紅葉と無機質な太陽光パネルのコントラストが異様です。 傾斜地のメガソーラーとしては国内最大級を誇るとのこと。 震災の時は電気の有難さを身に沁みて感じ、加えて原発事故の一件から、 再生可能エネルギーの普及は国家の命題であると当時強く思ったものです。 あれから4年半が経ってようやく9月に竣工を迎え、大規模災害時には地元へ優先的に電力供給をするとのことですが、 そんな事態が再び起こらぬことを願っています。
編集担当 伊藤俊也

けせん医報134号(PDF)
『表紙の写真』
写真はカラー舗装化された国道45号で手前が市役所入り口の「舘下交差点」、奥が「盛駅入り口交差点」です。県内でも目立って事故が起きている場所とのことで、右折車と対向直進車との衝突、出会い頭、追突などのケースが多いとのことです。実際走行すると茶色にカラー化された道路は非常に目立っており、交通事故軽減に大いに役立ちそうです。高齢化が著しい当地において、実に素晴らしい取り組みだと思います。我々が日々行っている医療においても、これを見習ってよりわかりやすくしていくという取り組みが必要だと思いました。
編集担当 鳥羽 有

けせん医報133号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真は、御所湖にかかる橋の上から望む春の山々です。 雪融けの水の色も、エメラルドグリーンの色で、とても綺麗でした。もう少し経つと、 八幡平アスピーテラインの雪の回廊と桜のコラボが綺麗そうなので、次回はその写真が撮れるようにドライブに行きたいです。
編集担当 吉澤 徹

けせん医報132号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真は、新春を飾るイベントとして、半世紀以上に渡り開催されている、歴史と伝統のある大船渡新春四大マラソン大会のものです。 多くのランナーが走る勇姿と、沿道で熱い声援を送る人々の姿は大船渡の風物詩となっています。 今年は総勢2500人を超える選手が参加し、寒さを吹き飛ばすような力走が繰り広げられました。ランナーたちが一生懸命走る姿は復興へと突き進む大船渡市民に勇気と感動を与えてくれました。
編集担当 石倉功一

けせん医報131号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真は、最盛期のサンマ水揚げの風景です。 大船渡の魚市場は、東日本大震災で壊滅的な被害を受けましたが、関係各位の努力により同年5月より市場再開しています。 そして今年4月、新たに建設され、港は主力のサンマの水揚げに活気づいています。
(写真提供:村田プリントサービス)
編集担当 山浦玄悟

けせん医報130号(PDF)
『表紙の写真』
陸前高田市気仙川河口にかかる「希望のかけ橋」
(航空写真:村田プリントサービス提供)

川をまたいで気仙町と旧市街地を結ぶ総延長3kmに及ぶ土砂運搬用のベルトコンベアーの吊り橋。 気仙町西側の山を切り崩して高台移転地域を造成し、出てきた土砂を盛り土用に運搬している。

白砂青松が美しかったあの高田松原が、今は林立する鉄塔とむき出しの赤土に覆われ目に痛々しい。 やがてこの一体は復興祈念公園として整備される見通しだが、美しい高田松原が戻ってくるのは一体いつの日になるのだろうか。
編集担当 伊藤俊也

けせん医報129号(PDF)
『表紙の写真』
写真は大船渡湾口防波堤復旧作業のため野々田埠頭に寄港した日本最大のクレーン船「海翔」です。 水面の巻上高さは約120m、吊り上げ能力は4100tで、高さ17mのケーソンを運んで防波堤の基礎部分を設置する作業をしています。 そのあまりの巨大さに、はじめて見た時は久しぶりに子供の頃のような気持ちで純粋に驚き、感動しました。 震災から3年が経過しましたが、この巨大なクレーン船には震災復興への大きな希望が見えるような気がしました。
(写真提供:村田プリントサービス)
編集担当 鳥羽 有

けせん医報128号(PDF)
『表紙の写真』
温暖な気仙地方も寒い朝は全てが凍ります。昨夜の流れ星も白く冷たく凍っていました。
編集担当 岩渕正之

けせん医報127号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真はヘリポートが完成した大船渡病院の航空写真です。 9月14日には同病院、気仙医師会などが主催し「救急の日」イベントが開催され、ヘリポートの見学会も行われました。

ヘリポート整備により、同病院から内陸部の基幹病院への搬送がスムーズになり、患者救命率の向上、 気仙地区の医療拠点としての同病院の機能強化が見込まれます。
編集担当 石倉功一

けせん医報126号(PDF)
『表紙の写真』
7月3日に高田松原の奇跡の一本松が復元されたため、梅雨の晴れ間に写真を撮ってきました。
整備された一本松へ続く道の周辺はがらんとした空き地です。 津波を受けた建物が残されており、遠くで動く重機の音が絶え間なく聞こえます。 実際現地に立つと、以前の高田松原を知る者にとっては、受け入れがたい現実がありました。
失った物の大きさをあらためて知り、復興への道のりはまだまだ長いと感じました。
編集担当 山浦玄悟

けせん医報125号(PDF)
『表紙の写真』
4月3日より盛〜吉浜間で約2年ぶりに運行が再開された三陸鉄道南リアス線。 左手に映る桜の木は、県内で最も早く開花を告げる大船渡市の標準木です。 市民体育館の敷地内にあり、震災では津波を被ったものの塩害にも負けず健気に花を咲かせる姿に感動を覺えました。 「復旧への願い」を込めて、春の陽光をを浴びて走る新型車両とともに撮影しました。
編集担当 伊藤俊也

けせん医報124号(PDF)
『表紙の写真』
写真は東日本大震災で湾口防波堤がなくなった大船渡湾です。
昭和35年のチリ地震津波を対象に建設された湾口防波堤は、 今回の大津波で跡形もなく倒壊してしまいましたが、これまで見ることがなかった大船渡湾の風景を写真として 残しておきたいと思いました。今後は、今回の大津波を対象にした湾口防波堤が、 湾内環境にも配慮した上で建設されるとのことで、今後起こりうる津波被害の滅災が大いに期待されますが、 津波被害を完全に抑えきることが不可能であることも事実です。 今回の震災で得た教訓を忘れず、防災の意識を常に持ち続けていくことが大切だと思う今日此の頃です。
編集担当 鳥羽 有

けせん医報123号(PDF)
『表紙の写真』
表紙の写真はJR大船渡駅のホームです。
錆びた鉄路は草むらへと続きます。
これから先、線路は撤去され、バス輸送に切り替わるとの事。
私が子供の頃、ここに「むろね」という急行列車が走っていました。
グリーン車を連結した立派な編成でした。
あの頃の活気に溢れた大船渡駅を懐かしく思います。
震災後、線路脇にはコスモスの群生が風に揺れるのみとなりました。
我々はレール無き後の医療環境を立て直し、良質な診療を提供せねばならないと強く思った次第です。
編集担当 岩渕正之

けせん医報122号(PDF)
『表紙の写真』
写真は、加茂神社の高台から見た大船渡の中心部です。
瓦礫は全て撤去され、きれいになってはいますが、震災から1年4ヶ月経過しても、 この広大な更地をどのような町に作り直していくのか、どのぐらいの年月がかかるのか詳細は不明です。
様々な権利・利害関係のからみもあり、調整は困難を極めると思いますが、人口の流出を抑えるためにも、 スピード感のある対応を行政の方々にはお願いしたいものです。
編集担当 石倉功一

けせん医報121号(PDF)
『表紙の写真』
写真は現在の盛駅の様子です。
奥に三鉄の車両が写っていますが、現在は動いていません。JRも止まったままです。
手前の開発鉄道は、線路の被害が少なかったため、いち早く復旧し、「がんばっぺ大船渡」のパネルを掲げて運行しています。
すべての鉄路の早期復旧が望まれます。
編集担当 山浦玄悟


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